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2017年02月08日| 2017年02月17日 |- ブログトップ

その夜の出来事 [結婚生活もろもろ]

改めまして。 

先日、夫が交通事故に遭いました。 

あれから2週間。 

記憶が生々しくて辛かった時期を過ぎ、 
かと言って薄れているわけでもない今、 
当時の自分の気持ちを記録しておくことにしました。 
それが「人生最悪の1時間」です。 

おかげさまで、夫は順調に回復しております。
退院後、近くの病院に通院しながら 
現在は自宅で療養中です。 

被害は左の肋骨4本の骨折と、 
頭部8針、耳の後ろ4針、胸8針、太もも10針を縫う裂傷です。 
事故状況の割には奇跡的な軽傷といわれていますが 
文字で見ると結構な大けがです。 

が、後遺症が残ったり要介護状態になったりするようなけがではなかったのが 
不幸中の幸いでした。 

事故の状況がひどく、 
自宅から車で1時間の救命センターに運ばれたので 
移動が大変でした。 
短期間にすごい距離を運転した気がします。 

事故後は通常の仕事・育児・家事をこなしながら 
病院・警察・保険屋さんとやりとり。 
さらにダンナ様の会社に菓子折り持ってお詫びに伺い、 
会社の方のお見舞いを受け。 

しかも今月はゆきぽんのピアノの発表会、 
ぽーちゃんの保育園のお誕生日会、生活発表会と 
週末ごとにイベントも目白押し。 

疲れがたまって私まで参ってしまわないように、 
仕事を休めるときは休んでごろごろしたり、 
仕事の合間のランチでしゃべったり、
仕事終わりに友達を呼び出してお茶したり、
全然関係ないLINEで盛り上がったりと
うまく息抜きしながら乗り切っています。 

心配してくださった方々。 
励ましてくださった方々。 
本当にありがとうございました。 

さて、事故当初は非常事態のショックで
少しナイーブになっていた子どもたちも
今ではすっかり慣れました。

当初はパパがずっと家にいるのが珍しいので、
ぽーちゃんは毎日
「きょう、にちようび?」と聞いていましたが(笑) 

確かに、結婚以来、彼がこんなに長い時間家にいるのは 
無職だった時くらいかな。ふふ(黒い笑い)。 
もちろん子どもたちにとっては初めての体験です。 
平日の私の大変さが 
少しでも伝わっていればと思います。にやり(悪い笑い)。 

最後に、今回必要だ、やっていてよかったと思ったことを 
覚書として記しておきます。 
何かの参考になれば。もちろんならない方がいいのですが。 

●携帯電話の名前の登録方法 
そもそもなぜ最初に義母に連絡がいったのか。 
それは、夫が義母の番号を「母」と登録していたからです。 
名前よりも親族だとわかりやすかったからだと思われます。 
ちなみに私は名前のあとに「(夫)」と 
関係も登録しています。いざというときのために。 

●翌日着る服の準備 
寝る前に、翌日着る服を準備するようにしていて、 
今回は本当によかったと思いました。 
そこまで考える余裕はなかったので。 
まあ、本当に非常事態になったら 
身一つで飛び出すことになるでしょうが。 

●運転能力、自家用車の所持 
車の運転ができてよかった、 
自家用車があってよかった、 
と、今回はつくづく思いました。 
まあ、なければないでタクシーで行くと思いますが。 

●子どもの預け先 
今回は義母に話が通っていて 
朝イチで来ると言ってくれたので 
(それでも始発は5時だし、1時間以上かかるのですが) 
ひとまず子どもたちを置いて出て、 
結局お世話にならずにすみました。 
でも、お隣さん、ファミサポさん、近所の友達…など 
色々な預け先が頭をよぎりました。 
深夜ということもあって諦めましたが。 
非常時に子どもをどうするか、考えておくのも大事かもしれません。 
まあ、もうお留守番できるのですが。

●人生何が起きるかわからない 
今回、つくづく感じたのはこれです。 
事故の一報を聞いて、病院に向かう間に考えたのは 
今朝、夫を送り出すときに何て言ったか?でした。 
月並みですが、けんかは翌日に持ち越さない。 
朝は機嫌よく送り出すことが大事、と改めて。 

悔いのないように、会いたいひとには会う。 
行きたいところには行く。 
やりたいことはする。 

そして、私に何かあっても 
誰にでも状況がわかって対応してもらえるように 
家の中を整えねば、と 強く思っています。 

長くなりましたが、ひとまず症状も生活も精神的にも落ち着いています。
ちなみに私の実家にはまだ言っていません…。
いたずらに心配させるだけなので。
なので、この記事を読んでくださった方々も、
どうぞご心配なく…。

人生最悪の1時間 [結婚生活もろもろ]

2月4日、午前2時過ぎ。
眠っていた私の枕元で、スマートフォンが震えた。

どうせ酔っ払った夫からだろう、と思って画面を見たら
義母からだった。

「◯◯(夫)が交通事故に遭って
ICUにいるらしいからすぐに行って」と。

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

それでも「どこの病院ですか?」と聞き返し、
子どもたちを起こさないように寒いリビングに降りて
メモをとろうとしたら、
家の電話が鳴った。

義母の電話を一旦切り、家の電話をとった。
「◯◯救命救急センターです」
家の電話番号は本人に聞いたとのことで、
ああ、意識があるんだなと思った。

すぐに来るように言われたので、
9歳と4歳の子どもがいますが連れて行った方がいいですか?と聞いた。
子どもたちはICUには入れないので
できれば連れて来ないようにと言われて、
ああ、瀕死の状態ではないんだなと思った。

義母に電話して、場所をネットで確認すると、
自宅から車で1時間くらいの場所だった。
急いで着替えながら、
翌日着る服をちゃんと用意しておいてよかったと思った。

子どもに置き手紙を書き、上の子を起こして声をかけ、
出る直前にまた義母から電話。
高速に乗るのは危ないかもしれないし、
タクシーの方がいいかもとのこと。
もともと下道で行くつもりだった。

近くの自販機で温かいミルクティーを買い、
ナビに住所を入れて、出発。
午前2時半の国道は空いていた。

高速に乗らなかったのは、私まで事故ったら困るのと
途中で病院から電話があってもとれないと思ったからだった。

暗い、知らない道を走りながら、
落ち着いて、大丈夫、と何度も何度もつぶやいた。
何度も何度も、携帯の着信を確認した。
時折、未亡人になった自分が頭の片隅をよぎるけど、
慌てて振り払った。

この運転中が、
人生最悪の1時間だった。

でも、不思議と「嫌な予感」はしなかった。
大丈夫だと根拠もなく信じていた。

1時間後、病院に到着。
駐車場に車を停めて、小走りで受付へ。
名乗ると、すでに処置が終わったと言われた。
心底ほっとした。

待ち構えていた警察のひとたちと少し話して、ICUへ。
私よりも若いお医者さんが症状と処置を説明してくれた。
命に別状はないということで、
心底ほっとした。

人生で初めてICUに入って、なんかドラマみたいだなとぼんやり思った。
個室の処置台に横たわる夫を見たら、
心底ほっとして、泣けた。
生きててよかったと何度も何度も言った。
差し出された手を握ったら、温かかった。
ほんとに、生きててよかった。

すぐに義母に電話した。
悲しませずに済んで、ほんとによかった。

色々と手続きや話をして、
4時半過ぎに病院を出た。
帰り道は行きとまるで違う気持ちだった。
違っていて、ほんとによかった。

5時半、自宅に到着。
義母にまた電話して、パジャマに着替えて
そっと寝室へ。
何事もなかったようにすやすやと眠る子どもたちを見て、
心底ほっとした。

二人の手を握って、
その温かさを感じながら目を閉じた。
眠れなくても、少しでも身体を休めるために。

大丈夫。
人生最悪の1時間は過ぎた。

生きててよかった。

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